『大陸の風-現地メディアに見る中国社会』

JMM [Japan Mail Media]
「たばこのけむり」
 3月に入り、さあ、春だ!と思った途端に北京にまた雪が降った。春節からすでに3回目の雪。夏や梅雨でもほとんど雨の降らない典型的大陸北部地域の乾燥地帯にある北京で、これはちょっと異常事態。今週に入ってからは気温も「あったかいなぁ」と体感できるようになってきていたのに、その翌日に目を覚まして雪が降っているのを見て驚いた。というか、北京で暮らす、シンガポールや台湾、香港あたりの南国出身の華人たちは、雪が降るたびに「雪だ!雪だ!」と携帯電話にメッセージを送ってくる。その着信音の連続でたたき起こされたのであるが。
 一昨年や昨年も春が間近な頃に雪が降った。それは北京ばかりではなく、遠く内陸の内蒙古自治区あたりでも大雪となり、雪解け水が黄土高原の土地や空気を湿らせたために、春恒例の黄砂はそれほどひどくなかった。窓の外の雪を見ながら、今年もそうだといいなと思っていたら、くしゃみが出た。そうするうちに顔全体がむやみやたら痒くなった。
 ……春の訪れ、花粉症だ。日本や香港のように湿度の高い土地で暮らしていた時には一度もそんなことはなかったのに、北京で花粉症が発症した。そして、昨年の初夏に引っ越してきたのが大きな公園のまん前。これまでもともとそういうことに無頓着だったので、花粉のことまで考えなかった。乾燥した北京では花粉も風に乗りやすい。
雪は花粉までは抑えてくれなかったようだ。
 日本でも真冬であってもお正月は新春だが、このように中国では文字通り年が明けるとすぐ春である。そして2005年もすでに3月を迎えたのだが、やはり中華社会では思考が旧暦体制なのだろう、やっとこのところ、「今年の展望」とやらが国の機関を通じて国の機関を通じて具体的に語られるようになってきた。
 そんな時、香港フェニックステレビのトーク番組で「対日抗戦兵の物語」などを連続特集して、視聴者(ほとんどが中国居住者)から大きな反響があったと、後続番組を放送していた。それは、日本と闘った兵隊たちのうち、戦死した人、戦後亡くなった人、そしてまだ存命中の元兵士たちのストーリーを戦争当時の映像や資料と合わせて、また老兵たちのインタビューをからめて流したものだったらしい。その中には実質、現政権の中国共産党軍ではなく、国民党軍兵士として戦った人も含まれ、政治的な要因で中国ではこれまで語られることがなかった兵士も紹介され、多くの人に新たな思いを起こさせたようである。
 その、正月明けすぐに、それもトーク番組という軽めの番組枠を使って流されたこの話題に、「抗戦勝利60周年」の幕開けをひしひしと感じた。今年は昨年に劣らず、さまざまな話題が出現するはずである。準備はよろしいか? と、こちらの顔をのぞきこまれているような気分になった。
 同じ頃、韓国の盧武鉉大統領も、対日抵抗運動の記念式典で日本との「戦後」について触れたという記事を日本の新聞のウェブサイトで読んだ。その中で、北朝鮮による日本人の拉致事件について、日本国民の怒りに理解を示した一方で、旧時日本が行った強制連行、徴用について触れたという点に、はっとした。もちろん、時代、政治体制、意識は今とは違うとはいえ、強制連行は朝鮮半島の人々にとって拉致だったわけである。今、北朝鮮の日本人拉致に憤りを覚える時、それと同じ思いを朝鮮半島の人たちにさせた過去に我々は思いをはせることがあっただろうか。
 ……痛みというのは、本当に自ら感じてみないと分からないものだ、と盧大統領の言葉に思った。戦後60年、今年、我々はどんなふうに60年以上前の人たちの痛みを感じることが出来るか、それが試される年でもあるだろう。
 さて、そんな感じで中国の1年が始まったところに、ニュースサイトを開いたら、日中のサイトに同じ話題が並んでいた。「『たばこ規制枠組み条約』の発効」である。
たばこ消費を減らすことを目的とし、世界保健機関(WHO)が主導になって広告の禁止や課税強化などによる「たばこ産業囲い込み」を行う義務を締結国に課した条約だ。日本でも中国でも「さぁ~来たぞお」とでもいった、まるで黒船でも目にしたような論調だったのが、ちょっとおかしかった。
 たばこに関していえば、わたしは自分は全く吸わないものの、父がヘビースモーカーだったし、学生時代から現在に至るまで、音楽、写真、美術などの分野に広げた交友関係でもたばこを手から離さない人が周りに多く、非喫煙者としては喫煙に対して非常に寛容な方だと思う。そのわたしですら中国では時折その場を逃げ出したくなることがあるくらい、今でも喫煙はお構いなしである。古臭い中国人は初対面の人同士だとまずたばこを勧めるという習慣も今だにしっかり残っている。北京に住む外国人が、中国人がよく集まるレストランやバーにはあまり足を向けないのも、彼らがふかすたばこの煙のせいだという話も何度か聞いたことがある。
『第一財経日報』紙が中国国家たばこ専売局の資料を引用して言うには、「中国は目下、世界最大のたばこ生産国、そして消費国でもあり、シガレットの総生産量は世界総生産の30%を占め、その消費も世界の3分の1を占めており、たばこ業界の所得税は中国の財政収入の10分の1を占めている」(「たばこ税は全国財政収入の1割、中国のたばこ規制の道は長く」・2月28日)のだそうだ。
 さらに『毎日経済新聞』によると、「たばこ業界は我が国国民経済の支柱産業の一つである。昨年の税込利益は250億米ドルに達し、前年比3分の1近い伸びを示した。たばこ消費税は我が国の現税制において重要な収入源であり、特に雲南省などのたばこの産地では、たばこ税はほとんど現地経済の柱と言えるだろう」(「世界的反喫煙条約が発効、中国たばこ業へは短期においては影響せず」・2月28日)というほど、たばこ産業は中国にとって重要な産業なのである。特に、たばこが地方税として地方財政を支えているため、地域政府が自地域において他地区産たばこの市場入りを阻むなど「保護産業」的な政策をとっている場合も少なくない。
 そのたばこの消費を規制しようという国際条約が発効したのだから、まだまだ強靭な産業構造や経済体制が十分に構築されたとはいえない中国にとっては厳しい時代が到来したことになると、誰でも想像がつく。しかし、条約発効に際して、メディアの伝えた、中国政府関係者の言葉は、中国発展改革委員会工業司による「われわれの積極的な努力により、『条約』の内容は基本的に我が国の立場と関心事を満足させるも
のだ。たばこに関する責任や賠償についての条項など非常に原則的であり、我が国の現行の立法及び司法体系に衝撃を与えるものではない」(第一財経日報・同上)という相変わらずの「中国らしい」、まるで自分たちはビクともしない鉄壁の産業構造を持つかのような発言だった。
 でも、ホントにお国は無関心なんだろうか? と、国家たばこ専売局のウェブサイトをのぞいて見たら、トップページに並ぶのは「共産党員先進テーマ報告」だの「全国テレビ会議」だの「『管理効果年』展開」だの何かの「報告会」だのと、『たばこ規制枠組み条約』の影響を直接被るはずの業界担当政府部門でありながら、その『たばこ規制枠組み条約』の文字すら並んでおらず、危機感は全くない。今だに鎖国政策でもとっているかのようなサイト内容だった。
 よく見ると、そこには「国家たばこ専売局」のすぐ横に並べて、「中国たばこ総公司」(「公司」とは中国語で言う会社の意味)の名前が並んでいる。もともと「企業=すべて国営」だったこの社会主義国では、たばこ産業は今だに民営化されておらず、つまり業界管理者である「たばこ専売局」と生産・販売者である「たばこ公司」は同一母体のままに置かれているのである。
「政府は財政収入を増大させるという強力な動機の下、一方で『たばこ規制者』の役割を負いつつ、一方ではたばこ生産拡大を奨励する役割も負っているのである。このような役割は具体的にはそこに帰属する別々の部門が担当しているわけだが、一部地方では『税収最大化』『政治成績最大化』、さらには『財政収入が全てを圧倒』する施政傾向にあって、政府の『たばこ規制者』はいつまでたっても気が抜けた役割のま
まだ」(京華時報「たばこ規制??誰がやる?」・3月1日)
『南国早報』でも「『たばこ規制条約』を甘く見るな」というタイトルで、「(『たばこ規制枠組み条約』の批准によって)、中国のたばこ業者はこれまでにない大変化に直面することになる。世界的なたばこ規制の動きは、ぼんやりと処理して大衆の注意を削いではならず、『条約』はさらに沈黙や無気力でやり過ごせるものではなく、政府も企業もこのたばこ『条約』を決して甘く見てはならない」(2月28日)と、警鐘を鳴らしている。
 たばこ産業の規制に無気力というのはすでに実際に見られるもので、例えば、この『たばこ規制枠組み公約』では締結国に今後5年以内にたばこ広告を全面的に禁止するよう義務付けているが、中国でもすでに『広告法』『たばこ広告管理暫定方法』という法律や条例が存在し、その中でたばこのラジオ、テレビ、映画、新聞、雑誌広告を禁止している。
 が、昨年のアテネオリンピックの短距離でアジア人として初めての金メダルを獲得した劉翔選手が広告契約を結んだのが、たばこ産業を母体とする白沙グループで、さすがに大騒ぎになった。同選手がゴールに跳び込み、金メダルを獲得したその瞬間の映像をバックに、「鶴舞白沙我心飛翔(舞う鶴、白い砂、わが心は飛翔する)」というナレーションだけで、製品名は一切出て来ない。
 この他にも、ただ荒野を牛が荒々しく走りまわる様子をずっと追い続け、最後に「〇〇集団」という文字が出て来て終わるという、どのような製品を作っているのかを一切語らない企業のコマーシャルなどもある。考えて見れば不気味なコマーシャルだが、これはすべてたばこを主に生産する企業ながら、他の分野も(多少)手がけている企業が流している広告だ。それらはずっと、そんなふうに上記の法規のお目こぼしにあずかってきたのだ。
 実のところ、「やって来たぞ」と報道されたにも関わらず、管理者側の反応が鈍いのは、中国は2003年末に同条約を締結したものの、まだ国内では未批准となっていることによるのかもしれない。WHO関係者も中国は今年のうちに条約を批准するだろうと見ているが、このたばこ大国にとって、批准によって発効する条約に対応していくのはもちろん簡単なことではなく、現在、そのための時間稼ぎをしているところなのであろう。
 しかし、このような一般メディアだけを見ていると見落としてしまうが、業界は当然のことながら全く無関心ではない。業界紙『東方煙草報』では昨年8月にすでに、今年発効する『たばこ規制枠組み条約』が与える影響、そしてその対応策を提起している。
「1.経済が発達している地域においては、経済の総合発展と国による小型都市化策によってたばこの作付産業を転換する…(略)…2.経済的に遅れている地域では農民に出稼ぎを促して収入の不足を補うよう奨励する。…(略)…3.生態条件においてたばこの作付に向かない場所では、たばこ農家に他の作物を植え付けるように指導する。…(略)…4.バージニアタイプの主要生産地ではインフラ設備を強化して、農業の総合生産力を引き上げる…」(「WHOの『たばこ規制枠組み条約』研究動態」・2004年8月6日)
 中国のたばこ生産者は3000万人あまりいるというから、上記の提案を一挙に実現したら、国家が破産することになる。中国政府としては条約の批准を先延ばしにして、出来るだけそれが生産者にもたらす衝撃を緩衝する準備をしておきたいところなのだろう。さらに、中国たばこ産業にとって泣き面にハチとなるのが、世界貿易機関加盟後の承諾実現によるたばこ市場の対外開放がこれまた今年から本格化していくことである。先にも述べたように、まだまだ喫煙者には寛容な国ゆえに、海外では締め上げが厳しい海外たばこメーカーは虎視眈々と中国市場進出を狙っている。
「目下、中国シガレットは海外で人気のバージニアタイプ、アメリカンブレンドとは全く違うタイプのもので、その市場を打開するのは非常に難しい。さらに、中国のブレンドシガレットは、『独自性を重んじ、特色を強め、その長所を発揮して攻守に努める』という原則で開発されてきたために、国内市場に立脚し、海外市場で流行する
たばことは大きな開きがある」(東方煙草報「WHOの『たばこ規制枠組み条約』研究動態・二」・2004年8月22日)
 最近では都会の若者には、タール含有量が3~8%の『中南海』ブランドも人気だが、中国たばこのタールは一般に10%を超えるものがほとんどである。それが海外では中国たばこが敬遠される理由のひとつでもある。昨年7月からはタール量15%以上のものは国内で販売できなくなったが、ならば逆にそれを輸出して海外で市場を切り開くことが出来るのか? 現時点ではそれはほとんどあり得ない。
 そんな状況の中で大量のたばこ農家は、(そして、それはかつての計画経済時代の農業政策の性格を引き継いだものであるからこそ)どうなるのか。政府は具体的にどうするのか。
 そんなこと、たばこを吸わないわたしが心配するようなことではないのだが、農民がますますやせ細っていく現状を見ていると、この主要産業への打撃を心配せずにはいられないのである。
 そういえば、条約が日本で徹底されて全面的にアンチたばこが進んだら、故團伊玖麿さんのエッセイ集『パイプのけむり』シリーズも改名することになるんでしょうかね?
ふるまいよしこ
個人サイト:http://members.goo.ne.jp/home/wanzee

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