命のやりとりをし続ける野蛮が美化されるのでしょう

2004年11月27日発行
JMM [Japan Mail Media]                No.298 Saturday Edition
http://ryumurakami.jmm.co.jp/
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
■ 『from 911/USAレポート』 第174回
「時代の空白感」
11月のアメリカには、言葉では言い表せない「落ち着きのなさ」が漂っています。
血なまぐさい事件や暴力沙汰が横行するのには、ある意味では慣れっこになっているアメリカ社会ですが、今月のムードは少々異常です。中でも大きな事件と言えるのが、11月19日の金曜日に、ミシガン州で行われたNBAの試合「ピストンズ対ペーサーズ」での乱闘事件でしょう。
ゲームの終了間際(45秒前)に、デトロイト・ピストンズのベン・ウォレス選手に対して、インディアナ・ペーサーズのロン・アーテスト選手が荒っぽいプレーを仕掛けました。当然、審判はファウルを取ったのですが、そのホイッスルと同時に、ウォレスはアーテストを両手ではねのけるように「プッシュ」したのです。アーテストは、そのままひっくり返りましたが、立ち上がると猛然とウォレスに突進して行きました。
ここまでは、二人の選手によるコート上の「小突きあい」程度でした。そして、そのトラブルは、両軍の選手と審判が止めに入る中で静まったのです。一度収まって、それからもう一度小さな小競り合いがありましたが、それも押さえられて、「張本人」のアーテスト選手はベンチに横たわっていました。
問題はここからです。横になっている「敵軍の悪者」アーテスト選手に対して、地元デトロイトのファンが飲み物の液体を引っかけたのです。そこでアーテスト選手の堪忍袋の緒は完全にちぎれてしまいました。スタンドに駆け上ると、液体を投げたファンにパンチを食らわせ、周囲のスタッフに羽交い締めにされてコートに下ろされると、今度は罵声を発したらしい地元ファンに対して、アゴにストレートを浴びせる乱心ぶりです。
この時点では、場内ではファンと選手が入り乱れてあちこちで乱闘騒ぎが起こっていました。中には、パイプ椅子を投げつけるファンまで出る始末です。最終的に、スタッフに抱えられて「退場」するアーテスト選手には、会場の出口の両脇からビールや清涼飲料水、更には大量のポップコーンが浴びせられる、何とも醜悪な構図になってしまいました。
翌朝は20日の土曜日ですが、スポーツ専門のESPNは早朝から何度も「スポーツ・センター」というスポーツ・ニュースでこの「乱闘の一部始終」を繰り返し繰り返し放映していました。その土曜日の午後、子供のサッカーチームの「打ち上げ」パーティーということで、近所にあるコーチの家に呼ばれて行ったのですが、夫婦揃ってスポーツファンという同家では「あまりに驚いたので」そのESPNの番組を録画していて、参加していた親たちに繰り返し見せていました。
集まっていた人達の意見としては「人と人が至近距離でプレーするバスケットボール」では「こんなことがあっては、ゲームが成り立たないよ」というのが大勢を占めていました。ただ、みんな心の底から怒っているのではなく、何となく野球の乱闘騒ぎが「珍プレー」と同列にニヤニヤ扱われるのと似たムードを漂わせていたのです。
ある奥さんの「解説」によりますと乱闘に参加したある選手は、数日前に兄弟の葬式を済ませたばかりで気が立っていた、というのですが、そんなことは言い訳にはならないでしょう。では、みんな野球の乱闘騒ぎのように、怪しからんと良いながらどこかで「風物詩」だと楽しんでいる、それと同じだったかというと、必ずしもそうではないのです。
とにかく、バスケットボールとしては前代未聞の不祥事です。何よりも「粗暴に流れる一歩手前」で華麗に秩序を維持する美学がバスケにあるのなら、その微妙な均衡が崩れては大変、とにかくNBAという「楽しみ」が崩れていては困る、そんな切羽詰まった感じもありました。それ以来、ほぼ一週間が過ぎていますが、今でもTVのニュースはこの事件の話題で持ちきりです。
現在までに、NBAコミッショナーからは、アーテスト選手には今シーズンの無期限出場停止と無給扱い、その他の選手にもペナルティが科せられています。当面の焦点は、選手達の処分に対する不服申し立てが、どの程度考慮されるかという問題です。
何よりも世論を身方につけられるかが勝負なのでしょう。そのために、アーテスト選手はTVに生出演して「本当に子供には見せられた図ではなかったです。スミマセンでした」などと殊勝なところを見せていますが、今後の展開はわかりません。
また、警察当局としては、現在のところファンの立件も進めており、「椅子を投げ入れた野球帽の男」を手配して追っています。この「NBA乱闘」事件は、余りに鮮烈だったために、何となく連鎖反応を引き起こしているようです。日曜日にはフットボールでもかなりひどい乱闘騒ぎがありました・
もっとやりきれないのはウィスコンシン州の狩猟場での乱射事件でしょう。NBAの乱闘の翌日、20日の土曜日に起きた事件では、鹿狩りを楽しむ狩り場の中で起きたもめごとの結果、ハンターの一人が六人を射殺するという惨事に発展しました。勿論、NBAの事件に影響されてということではないと思いますが、衝動的な暴力がコントロールできなくなるという現象としては重なって見えます。
暴力と言えば、最近アメリカで話題になっているのが「JFKリローデッド(再現)」というコンピュータ・ゲームです。正確に言うと、ネット上にあるサイトからプログラムをダウンロードして使うゲームソフトなのですが、内容が刺激的で、教育界やマスコミでは問題視されています。簡単に言うと、JFK暗殺の際の狙撃そのものを再現(リロード)するシミュレーション・ゲームで、実際にオズワルド容疑者が撃った弾道を正確に再現すると賞金が貰えるのだそうです。
実際に、ケネディ家を代表してテッド・ケネディ上院議員が不快感を表明したり、TVからも批判の声が上がっているのですが、製作販売をしている英国の会社では「あくまで歴史的事実を科学的に解明する知的なソフト」と居直っています。そうは言っても、殺人のシミュレーションという血なまぐさい性格は払拭できるはずもなく、これもまた「落ち着かない世相」というムードを象徴しているように思えるのです。
「東海岸のリベラル」が単なる負け犬であり、同時に鼻持ちならない存在だ、そんなムードの中で、ケネディ伝説が色あせている、そんな背景もあるのでしょう。
一見美談ながら、何ともやるせない気持ちにさせるニュースとしては、イリノイ州オスウェーゴ町の「海兵隊員の五つ子」の物語があります。ジョシュ・ホートンという海兵隊の兵士と、奥さんのターナシーさんの間に生まれたのが、この「海兵隊員の五つ子」です。ジョシュ・ホートンという人は、一定の従軍期間を終えて予備役に編入されていたのですが「911に精神的に触発されて」再度戦線に赴きたいという決意を固めます。
そして、実際にイラク戦争への従軍命令を受け取るのですが、その直後、実際に入営する直前に奥さんが五つ子を妊娠していることが判明します。軍からは事情が事情だけに入営を延期しても良いという打診があったのだそうですが、ホートンさんは「他にも父親として従軍している人が沢山いる。その人達が一刻も早く母国に帰れるように自分は従軍して戦う使命を感じた」として従軍、奥さんは静かに出産予定日と夫の帰国を待っていました。
タナーシー夫人は、予定日より大幅に早く未熟児の五つ子を出産、そのニュースと前後するように、バグダッド近郊での武装勢力との銃撃戦に巻き込まれたホートンさんは、下半身に重傷を負ってしまいます。結果的に負傷を理由に除隊となったホートンさんは故郷に「凱旋」して、奥さんと子供達(五つ子の前にすでに二人のお子さんがいるのです)、そして赤ちゃん達と対面することになったのでした。
シカゴ郊外のオスウェーゴ町は、この「美談」に沸きたちました。地元の工務店が新築の豪邸をプレゼントすれば、電気屋さんは「子供が多いのだから」と洗濯機と乾燥機を二台ずつ贈呈、地元の子供達が「ガンバレ、ホートン・ファミーリー」という風船を売り歩いて「ホートンさんの子育て基金」への募金を呼びかけるという騒ぎになったのです。
11月24日のABCテレビ『グッド・モーニング・アメリカ』では、このホートンさんの物語を「独占(エクスクルーシブ)」として放映していました。そのコーナー自体がシリーズとして「オンリー・イン・アメリカ(アメリカならでは)」というタイトルがつけられており、そのコーナーの提供は、今や草の根保守の象徴と言うべきウォールマートでした。
どちらかと言えば、知的な雰囲気をたたえたホートン夫妻が「911に触発されて従軍を志願」し「五つ子妊娠が判明しても」従軍し「危険な銃撃戦に巻き込まれて重傷を負って帰ってきた」というストーリー、それが聖者のように称賛されて町を挙げての「提灯行列」になる、これは確かに「アメリカならでは」の光景です。そして私は、その工務店がプレゼントしたピカピカの豪邸にドカンと据え付けられた「ダブルの洗濯機、乾燥機」を見て、暗澹とした思いにとらわれたのです。
実はその五つ子のうち、一人は感染症のために亡くなっているのですが、そのことについて母親のターナシーさんが「神様はもう一人天使をお求めになったのです。そして本当にお取り上げになったのですわ」と平然と言うのも、何とも暗い気持ちにさせられました。
子供の死を「神様の思し召し」と言ってのける狂信的な姿勢に違和感を持つのではありません。ですが、そこまで狂信的に生と死の問題を神に委ねることができるのなら、どうしてそこのイラク人の犠牲者への思いが出てこないのでしょう、どうして人と人が命のやりとりをし続ける野蛮が美化されるのでしょう。そのアンバランスに加えて、イラクでの怯えた米兵の姿、負傷後のホートンさんの全身に包帯を巻かれた姿と、ピカピカの豪邸のイメージのアンバランス、何かが決定的に狂っているとしか言いようがありません。
そんな中、アメリカは感謝祭の休暇を迎えました。いつものように、里帰りをする人の群れで、空港や高速道路は大混雑となりました。丸焼き用のターキーの肉を直売する農場では、人々が行列をしていました。そして、25日の木曜日の夕方からは、家々のオーブンに火が入り、大家族や友人知人が食卓を囲んだはずです。
今年の感謝祭当日は大きなニュースはありませんでした。感謝祭の当日は「メーシーズ百貨店主催」の「感謝祭パレード」がのんびりと「トップニュース扱い」になる一見平和な一日になりました。昨年はブッシュ大統領のイラク前線「電撃訪問」、しかもイラク国民や暫定政府には一切挨拶もせず、隠密裏に自国の兵士と自国の料理と習慣を楽しむためだけに「他国」を訪問するという茶番劇でした。そんな「サプライズ」も、今年は一切なしで、大統領一家はさっさとテキサス州クロフォードの別荘で「のんびり」過ごすというのですから、やりきれません。
あの「電撃訪問」は、イラク国民をバカにしていただけでなく、米軍兵士もバカにしていたということなのでしょう。なぜなら、今年は行かない、と言うことから見れば、あの行動は100%選挙目当てだったということが明らかだからです。そうではないのなら、本当に兵士を慰問したのなら、状況が悪化している今年こそ行くべきです。
その代わりといっては何ですが、時差の関係で米国本土より何時間も早くターキーの食卓を囲んだイラク駐留軍からは「感謝祭おめでとうございます」のメッセージがTVに寄せられていました。これを受けて、ブッシュ大統領は、テキサスからイラク駐留軍兵士に電話でメッセージを寄せたのだそうですが、TVではその「電話をかけるブッシュのカラー写真」が流されただけでした。
大統領も大統領なら、メディアの姿勢もその程度なのです。私はこれもまた暗澹たる思いに駆られました。ファルージャの陰惨な市街戦の間に、バグダッド南部の交通の要衝の治安が悪化、今度はその掃討作戦へとアメリカは困難な闘いを強いられています。そんな自国軍の苦しい状況自体を、アメリカの人々は忘れてしまっているのです。
イラク人の困難を理解するどころか、米軍の困難に思いを寄せることすらしなくなっているのです。
イリノイ州の「海兵隊員の五つ子」が大騒ぎになる一方で、11月一ヶ月で100人を越えたという犠牲者への関心は薄いままです。25日の感謝祭当日にも戦闘は止まず2名の米兵が犠牲になった、そんなニュースもTVは無機的に伝えるだけでした。
ファルージャの市街戦はいつまでも終結せず、町を南北に掃討しても武装勢力のゲリラ活動は止まないからと、今度は町を東西方向に掃討しているというのです。
そんな血なまぐさいニュースが終わると、次には「感謝祭後のバーゲン情報」が何もなかったかのように流されるのです。イラク戦争に関して言えば、大統領選挙にからんで賛成反対が熱っぽく語られた日々が終わるとともに、人々は目を背けるようになってきている、それがアメリカの現在なのでしょう。
実に落ち着かない時代です。堂々と保守化して、その流れでブッシュが勝った、そんなムードはどこにもありません。ブッシュが勝ち、ケリーが負けた結果、保守が輝きと信頼を勝ち得たというのでもありません。ただ、リベラルが信用を失った結果、政治や思想のバランスが失われたというのは事実だと思います。
そんな中、誰も勝者でない、誰も輝きや信頼を勝ち得ていない、ある種の空白感のようなものが国を覆っています。衝動的な暴力が流行したり、その一方で、現在戦われている戦争自体への無関心が広がっている、その背景にあるのは、巨大な空白感とでも表現するしかありません。その空白感が、何ともいえない「落ち着かなさ」を生んでいるのでしょう。
では、この空白感は、より極端な右傾化を招くのでしょうか。よりイスラムの人々を憎んだり、ヨーロッパを敵視したりしながら、宗教的な狂信を国内に広める動きが加速するのでしょうか。私には現時点では、その方向での大きな流れがあるとは思えません。保守思想が輝きを得ているのなら、正体不明の暴力衝動が蔓延するはずはないのです。イラクの泥沼が(どんな方向になるかは別として)放置されるはずもありません。
社会全体の保守的な動きもある意味で、大統領選挙のために人工的に演出された要素が大きかったのでしょう。その結果として、選挙が終わってみると社会を支配しているのは「明らかな保守ですらない、本当の意味での空白」ということになるのです。
この空白感を埋めるものは何なのか、感謝祭休暇明けの社会がどこへ向かうのか、しっかり見てゆかねばならないようです。

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